竜騎士07先生特別寄稿!
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この話は『彼岸花の咲く夜に15周年記念非公式アンソロジー』収録作品です。
今回、先生のご厚意で特別にイベントにあわせて無料公開していました。
先生のご厚意で、イベント後もしばらく公開を継続することになりました。
代わりに、本書における禁止事項は、以下の通りです。
・無断転載/別のWebサイト上への掲載
・SNSへ本文を掲載すること
・翻訳した文章を再頒布すること
・YouTubeなど動画で本書を配信すること
・本にして配布すること
以上のすべてを禁止いたします。
文章を画像ではなくテキストにしていますので、海外の方は、各自で翻訳して読んでください。
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This story is included in the "Unofficial Anthology for the 15th Anniversary of the Blooming Higanbana."
This time, thanks to the generosity of Ryukisi07-sensei, we made it available for free specially for the event. Thanks to the generosity of Ryukisi07-sensei, we will continue to make it available for a while even after the event.
In exchange, the following are prohibited in this book.
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Do not redistribute translations.
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Not for distribution as a book.
All of the above are prohibited.
The text is in text form, not images, so readers overseas should translate it and read it themselves.
毬枝の理想郷 -Marie no Utopia-
「………………どこ、ここ?」
彼岸花の意識がまどろみから戻ってきた時。そこは見慣れた保健室ではなかった。
「……毬枝? ……毬枝? いる?」
いつもなら、眠りから覚める時、側にいてくれるのに。
……いてくれるのに、じゃないわ。どうして、今日に限っていないのよ? いるのがアンタの義務でしょうが。
目覚めたら、寝る前に置いてあったのと同じところに置いてあるのが人形でしょう? 毬枝は私のお人形なんだから、勝手にどこかに行っちゃダメじゃない。
そして、あんたが、ここはどこでしょう? 不安です心配です彼岸花さぁんってオロオロしてくれれば、それが滑稽で私が不安に思うことはないんだわ。
ここは昼間のような、夜間のような。黄昏時のようにも感じるし、誰かの夢の中のようにも感じる。
多分、ここは教室なのだが、彼岸花たちが住処としていた学校とは違うように見える。
理解できない状況に唐突に放り込まれれば、彼岸花とて幾ばくかは不安を覚えるようだった。
「毬枝が不安がってくれないから、ほらご覧なさい。私が不安になってるじゃない」
それは独り言だ。……しかし。
「彼岸花さんでも、不安になるんですね。ちょっぴり安心しました」
「ま、毬枝?! いるんならいるって返事しなさいよっ」
「うふふ、ごめんなさい。今、戻ってきたんです。そしたら、彼岸花さんが心細そうな顔をしてキョロキョロしているのが可愛くって、つい」
「つ、……いぃいいいぃ…………???」
「痛いです痛いですっ。耳たぶ、嚙みつかないで下さぁいっ」
どったんばったん。
「まったく。この序列第3位の踊る彼岸花が、ちょっと見慣れない場所で目が覚めたからといって、その程度のことで狼狽えると思ってる? 私を見下すなんて千年早いわ。……それにしても。ここは一体、どこかしら」
「私、少し、見て回ってきたんですけど、……ここ、私たちの小学校みたいなんですよね」
「馬鹿なことを言わないでちょうだい。私がどれほどの長い間、あそこで過ごしてきたと思っているの。その私が、こんな教室を知らないって言ってるのよ?」
「でもほら……。ここ、見て下さい」
毬枝が生徒用の椅子に貼られたシールを指さす。
そこには、確かに自分たちの住んでいた小学校の名前が記されていた……。
「どういうこと……?」
「それから、ほら。……カレンダーを見て下さい」
黒板の脇に貼られたカレンダー。
そこには西暦と和暦が併記されている。
しかし、そこに記された数字は、彼女たちの知るものよりもずっと大きい……。
「つまりここはやっぱり私たちの小学校で……、それも、何年も何年も先の、未来なんですっ」
「……そういえば……、校長が前に話してたわね。星の並びと月の陰りによって稀に、過去と未来が混じり合う不思議な現象が起こることがあるって」
「つまり、タイムスリップということでしょうか……?」
「この不安定な世界を見ればわかる通り、これは一時だけの幻よ。校長が言うには、やがて夢が覚めるように終わるって」
「なぁんだ……。よかったです。てっきり、未来の学校に取り残されてしまうものとばかり……」
二人とも人ならざる者。学校妖怪。
なので、人間には備わらない第六感のような感覚がある。
その感覚が、この世界に危険性はなく、しかも、じきに解放されることを教えてくれる。
「……確かに……、これは一時だけの幻のようですね」
「そうとわかれば、何の気兼ねもないわね。この未来の世界を少し見物させてもらおうかしら」
この世界は、昼の学校、夜の学校が入り混じっている。
午前中の授業も放課後の授業も、入学式も卒業式も、何もかもがごちゃごちゃに入り混じっているのだ。
普通の人間だったなら混乱してしまいそうな世界でも、学校妖怪たちにとっては、テレビのチャンネルを次々に変える程度のもの。
二人のいる教室の風景は、ぼんやりと歪み、小さな児童たちが少し立派な服装で着席しているものに変わる。
教室の後方には保護者たちがずらり。黒板には「ご入学、おめでとうございます」と書かれていた。
「うわー。これ、新一年生でしょうか。みんな、可愛らしいですっ」
「くすくす。みんな無垢な顔をしているわね。この内の何人が、心を邪悪に染め、心を腐らせて病み、私好みの美味しそうな魂に育ってくれるのかしら……♪」
先生は新一年生に、新しいルールを説明しているようだった。
毬枝も懐かしそうに見ている。……少なくとも、彼女はまだこの頃は、学校は楽しい場所に感じられたのだ。
小学生になってのルールは、未来になってもそうそう変わるものではない。
むしろ、これほどの未来になっても相変わらず同じルールなことに、おかしみすら覚えるのだった。
「それから。お友達の名前は、ちゃんと呼びましょう。鈴木さんなら鈴木さん。佐藤さんなら佐藤さん。そして男子も女子も、さん付けです」
毬枝の時代には、女子はさん付けだが、男子はくん付けが定番だった。
そして、わざわざ先生が、男子も女子もさん付けです、と釘を刺すということは、恐らくはつい最近、その方針になったのだろう。
「そして、この中には、同じ幼稚園や保育園の出身で、すでにお友達の子もいるかと思います。ひょっとすると、あだ名で呼び合っている子もいるかもしれません。ですが。本校では、あだ名は禁止です」
毬枝はびっくりする。
あだ名なんて、毬枝の時代にはいくらでも飛び交っていた。
時には、あだ名しか知らなくて、本名を知らずにずっと友達関係だったなんてケースも珍しくはなかった。
「あだ名なんて、親愛の証みたいなものだと思いますけれど……、ダメなんですね」
「あだ名は、必ずしも親愛の意味だけで付けられるものじゃないわ。毬枝だって、そういうのを何度か、見聞きしたことがあるでしょう?」
「………………そういう悪いあだ名も、確かにありますね」
毬枝がまだ低学年の頃。
クラスの男子に、よく忘れ物をする子がいた。
何度、先生に注意されても忘れ物を繰り返す。
先生はとうとうあきれ果て、その男子に「忘れんボーイ」というあだ名を付けた。
忘れん坊とボーイをかけた、先生渾身のダジャレだったに違いない。
ホームルームで全ての児童が着席している中で、そのあだ名を付けたのだ。
クラス中が大爆笑し、みんながその子を忘れんボーイ忘れんボーイと囃し立てた。
その子はクラス中の注目を浴びて、照れ臭そうに笑っていた……。
その子がその後も、忘れ物を繰り返したかどうかはわからない。
学年が上がるにつれてしっかりし、忘れ物癖などとっくに克服しただろう。
しかしそれでも、……忘れんボーイというあだ名の烙印は消えない。
幼い頃の、幼いゆえの失敗を、いつまでもいつまでも、……大人になった後の同窓会でも言われ続けるのだろう。
彼はあの時、照れ臭そうに笑っているように、……あの時の毬枝には見えた。
でも、今ならわかる。
笑みを浮かべる以外にどんな表情を浮かべればいいのかわからなかった、彼の困惑がわかる……。
「あだ名には、相手の身体的特徴を現したものも多いでしょう? チビとかノッポとか。デブとかガリとか」
「……その特徴が、自分の気にしているものだったなら、……すごく、辛いですよね……」
「そういうあだ名がついた子は、美味しい魂に育つのよね。毬枝にも、根暗メガネとかそういうあだ名が付いてたらよかったのに。くすくすくす」
「彼岸花さんが人形に戻ってる間に、お菓子のお供えがあったら、今度から取っておかないで、ぜ~んぶ食べちゃうことにします」
その時、毬枝は廊下で、とある掲示物に気付く。
そこには「いじめゼロ運動モデル校」と書かれていた。
そして、廊下のあちこちにポスターが貼ってあるのだ。
「……いじめホットライン。……“こんなことはありませんか。それはいじめです。辛かったらここに電話で相談。匿名でも大丈夫”……」
「すごいわね。まさにいじめ撲滅って感じだわ。……こんな世界じゃ、スミレ辺りは飢え死にしちゃいそうね。くすくす」
「私の時も、……こんなのがあったら、違う運命だったでしょうか」
「さぁ? 毬枝はどこへ行っても、いつの時代もいじめられっ子よ。そして同じ運命を辿って、めそめそさんになるって決まってるんだわ」
「………そうですね。私がめそめそさんになるのも、運命だったんですね」
「アンタはもう、ニンゲンじゃないでしょ。森谷毬枝だった頃の辛い記憶なんか、とっとと忘れてしまえばいいんだわ」
「そう、ですね……。私はもう、森谷毬枝じゃない。学校妖怪序列第8位のめそめそさん。……でも私は、森谷毬枝から生まれた妖怪なんです。だから、私はニンゲンとしての気持ちも心も、忘れたりしないんです」
「……………………。………無神経だったわ」
「あ、謝らないで下さい。彼岸花さんは全然、悪くないんです。ただ私がちょっと、」
「そうよ、私は何も悪くないのよっ。いつだって私が正しくて毬枝が間違っているんだわ! アンタは大人しく、永遠に夜の学校で私のオモチャ兼、お茶菓子調達係をしていればいいんだわっ」
「あいたたたた。爪を立てないで下さいってば、あいたたいたたっ……」
ここはきっと、毬枝にとっての理想郷だ。
そしてそれが、夢や妄想の世界ではなく、未来の世界にあることが何よりも嬉しかったろう。
この世界にはきっと、学校妖怪はもういないに違いない。
影は、偏った方向から照らされた時にのみ生まれる。
真っ直ぐに真上で、公平な方向から照らされたなら、影など生まれる必要はないのだ。
「ここは、私たちのいるところじゃないんだわ」
「この時代に至った時、学校妖怪は消えてしまうのでしょうか?」
「私たちは影よ。光が偏った方向から照らしたなら、いつだって生まれる。まるでずっとそこにいたかのように。それに、」
「それに……? あ……」
その時、毬枝の姿が蜃気楼のように歪み始める。
やや遅れて、彼岸花の姿も同じように歪み始める。
どうやら、元の世界に戻る時間が来たようだ。
「では、彼岸花さん。いつもの保健室で」
「えぇ。先に戻ってて。私もすぐに行くわ」
毬枝の姿が消える。
もうしばらくすれば、彼岸花もまた、この未来世界から姿を消すだろう。
元の世界に戻るのに時間差があるのは、二人の妖力に大きな差があるからだ。
毬枝の姿が見えなくなると、彼岸花は、ふぅっと溜息をつくような、少し憂いある表情を浮かべる……。
「……この世界は毬枝の理想郷。……それにケチをつけるほど、私も天邪鬼じゃないつもりよ」
でもね、毬枝。
真上から差そうとも。光がある限り、必ず影があるの。
見た目にはわからない。
でも、真上からの光に対し、真下に、学校の真下、地の底に影はじっと身を潜めてる……。
職員室で教頭が教師と何やら話をしていた。
「当事者同士を、ちゃんと仲直りできたのなら良かった! いい指導だったね。これからもその調子で、いじめゼロを頼むよっ」
「しかし、教頭先生。教育委員会のガイドラインによれば、解決したものであっても報告の義務が……」
「先生。ウチは“いじめゼロ運動モデル校”なんだから。わかる? いじめ、ゼロ」
「そ、そうですね……。解決したんだから、わざわざ事を大きくすることもないですよね……」
少子化以上に、教諭のなり手不足が深刻化している。
彼らには、他にすべき仕事が山積みなのだ……。
「お気の毒ね、毬枝。未来の世界になっても、……私たちはやっぱり、食いっぱぐれないみたいだわ」
くすくすくすくすくすくす……………。
<おしまい>